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Little Miss One-way

思いつくままに恋愛小説をつづります。 大学生同士のちょっと変わった恋愛を書いた 「いびつなハート」連載中です。

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2004/11/03

小説 いびつなハート +MENU+

+MENU+
お話も増えてきたのでまとめサイトを作成中です。
コチラ


いびつなハート ←クリックで全話表示されます。

あきと加川の恋愛を中心に大学生の日常のお話です。

1 夕方 /2 勢い/ 3 何故/ 4 急展開 /5 遭遇
6 微熱 /7 風/8 煙 /9 夜 /10 中庭にて
11 中庭にて2 /13 中庭にて3/14 中庭にて4/15 中庭にて5
16 金のリンゴ/17 断片/18 飴と湖/19 クリスマス/20 クリスマス2
21 クリスマス3/22 クリスマス4/23 クリスマス5/24 クリスマス6/25 夢のあとさき
26 God Bless/27 つのる想い/28 バランス/29 ペット?

登場人物紹介

番外編 影山くんの奇妙な日常

いびつなハートに登場するバンド ミドルガーデンのボーカル影山くんが遭遇する奇妙な事件

第一話
第二話の1 /第二話の2 /第二話の3
第三話


ご来訪ありがとうございます。ぼちぼち更新しております。
ご感想・拍手などいただいた皆様の反応は更新の原動力となっております。
ありがとうございます

更新滞っております。
データが全部消えたため心が折れてしまいまして
暇を見つけて復活したいと思います。
沈黙の間にも拍手・コメント応援ありがとうございます。
今年もクリスマスが来ましたね。
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2006/04/16

いびつなハート 1 夕方

夕焼けの赤と夜の闇が混ざり合う空をボーっと見上げながら、私はいつものようにとろとろと大学からの帰り道を歩いていた。
最近は日が落ちるのが早くなって、空気も冬のにおいがする。なにより寒さに弱い私は身を縮めながら大学の前の並木道を通り、駅の前に出た。
改札で定期を通そうとしたとき、改札からでて来た人と目が合った。
加川くんだった。
「こんにちは」
ぼーっと遠くを見ている彼の視線を捕まえるため、顔の前で手を振る。
「おう、萱野。おはよう」
加川くんは、近くまできてやっと気付き、半分寝ぼけているような声で返事をした。
彼は加川圭吾といい、大学の同級生である。背は高め、体型は細め、顔は可愛い系、おとなしめ。どこにでもいるような男の子だけど、その思慮深そうなしぐさや表情に、私は惹かれていて、ちょっと気になる存在だった。
なんとなくそのまますれ違うのも寂しいので、話しながら切符売り場の脇に移動する。
「語学の授業いなかったね。休むの何回目?」
今日の二時限目には必修の語学の授業があった。3回休むと落第で、また来年受けて、単位をとらなければいけない。
「2回目。もう休めないな」
口の端をゆがめて苦笑する顔も可愛らしい。ぽつぽつと世間話をしていると、加川くんがそういえば・・・と切り出した。
「萱野、今から時間ある?ノート写させてほしいんだけど。来週 応用数学ってテストでしょ?」
私は真面目にノートを取ってる方なので、テスト前になると必ずこの依頼を受ける。授業にちゃんと出ている人は少数派であり、みんなノートを貸したりコピーをとったりと大忙しだ。
応用数学は、自分のとったノートのみ持込を許されるテストなので、コピーはダメで、自分でノートを写さなければいけない。それにノートなしではまったく問題が解けないのだ。
「いいよ。私暇だし、写すの手伝うよ。結構量あるし」
即答して、私はうれしくなった。もう少し加川くんと一緒にいられる。偶然会ったことがすごくラッキーなことに思えた。全ページコピーをとって渡してしまえば一緒にいる必要ないけど、それはだまっておく。
「でさぁ、俺手ぶらできちゃったから、うちまで来てくれる?ごめん」
加川くんが両手を開いてお手上げポーズをしながら、申し訳なさそうにいった。
「うん、それはいいけど・・・。今から学校行くつもりだったんじゃないの?」
「夕方からの特別授業にでるつもりだったんだけどね。まあいいや」
たしか、私は受講してないけど、自由選択の芸術の授業が夕方に設定されていた。加川くんはそれに向かう途中だったようだ。
「じゃあ、いこうか。」
私はよくわからない、偶然と勢いで、加川くんの家にいくことになったのだった。

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2006/04/16

いびつなハート 2 勢い

加川くんの家は、学校の隣の駅のすぐ近くにあった。結構古くてボロいアパートの二階だ。
加川くんはかちゃかちゃと鍵を開けると
「ちょっとちらかってるけど、どうぞ」
と私を招き入れた。
8畳ぐらいの部屋に、小さなテーブルとベッド、それからテレビがあって脱ぎ捨てた洋服が落ちていたりするけど、部屋全体としては整頓されてきれいな印象だ。
加川くんは、テーブルをさっと片付けて、自分のノートを出した。私も自分のノートをわたすと、ちょこんとテーブルのわきに座った。
「俺写すから、萱野さんはテレビでも見てくつろいでて」
そういうと加川くんはてきぱきとノートを写し始めた。
私はといえば、加川くんがノートを写す横顔をぼーっと見ていた。おもったよりまつげ長いなとか思いながらみていると、ぜんぜん飽きない。やっぱり魅力的なひとだ。でもなにがこんなに私ををひきつけるのだろう。私は加川くんに恋をしているのか……それもなんか違う気がする。
そんなことを考えながら横顔を見ていると、加川くんがふと目を上げて私を見た。
「退屈?」
突然目が合って動揺する私。私の思ってたことを見透かされているようなきがして、顔が熱くなり、思わず目をそらす。
「う、う、ううん、大丈夫……」
なぜか沈黙。私の動揺が伝わったのだろうか。視線を戻すと、加川くんはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、まだ私を見ていて、私の頭に手をぽん、とのせるといった。
「どうしたんだよ、なんか萱野さん、かわいい」
本当に私はどうしたんだろう。この言葉がなにかの魔法のように響いて、私の頭は完全にパニックになった。体がかあっと熱くなって、加川くんの視線から、逃れられなくなってしまった。私は、加川くんのこと好きなんだろうか。好きなのかもしれない。でも私は、そんなのどうでもいいくらいもっと強い欲求が体の奥から沸いてくるのに気付いていた。
彼に、触れたい……。
彼に触れられたい……。
気付くと、頭の上に乗っている加川くんの手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握り締めていた。

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2006/05/02

いびつなハート 3 何故

虚ろな視線で加川くんを見つめ返すと、加川くんはさっきとは打って変わって真剣な顔をしていた。その表情に胸がぎゅうっとして痛いくらいだ。
私は頭の上で重ねていた手をつかむと、ずるずると熱くなった頬までおろした。
「ほっぺた、熱い」
 ささやくような小さな声で加川君が言った。私は喉の奥に何か引っかかったようになって何もいえずただ頷いた。
加川くんの手と接している右の手のひらが汗ばんでべたべたしてきたので、恥ずかしくなって手を離した。加川くんは私の顎から頬までをその大きな手で包んで、自分のほうに引き寄せた。
自然に、何の抵抗もなく唇と唇が触れた。一度唇が離れ、少し場所をずらしてまた触れる。幾度となくそれが繰り返されると、彼の唇の滑らかな感触が私の思考を完全に停止させた。唇を割って、彼の舌が入ってきた。とろけるような感覚に体の奥が熱くなる。
「……んぅ、んっ」
 思わずてでしまった自分の声に、少しだけ冷静な意識が戻る。ただのクラスメイトと何の躊躇もなくキスをしてしまっていること、それに、はじめから今のような展開を期待していた自分がいたことに気付き、気恥ずかしさが込み上げてきた。
私が感じている彼の魅力の正体が、今でははっきりわかっていた。恋かもしれないし違うかもしれない。でも、以前から私は彼の魅力の虜になっていたことは間違いなかった。
 彼もそのことに気付いているのかもしれない。

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2007/11/04

いびつなハート 4 急展開

彼の肌に触れたいという衝動がほぼ無意識的に私を突き動かしていた。気付けば抱きつくような体勢で広い背中に手をまわして、加川くんの胸に顔を埋めていた。タバコのにおいと、背中の暖かい感触に、胸の奥がまたぎゅうっと痛くなった。
(もう、私、ダメだぁ……)
自分の大胆さに恥ずかしくなり、顔を加川くんの胸に埋めたまま動けなくなる。そんな私を加川くんは抱き起こすと耳元で囁いた。
「萱野さん、俺……」
首筋を優しく辿る唇が何かつぶやいたような気がしたけどわからなかった。加川くんの細い指がブラウスのボタンを一つずつ外し、その後を追うように唇が開いた胸元を辿っていく。さっきまで私の頬を包んでいた大きな右手が、私の小ぶりな胸に触れた。
このまま流されたいという強い気持ちと裏腹に、恥ずかしさと、よくわからない後ろめたさが沸いてきて、彼の手を抵抗するように抑え、咎めるような調子で彼に声をかけてしまった。
「あの……加川くん?」
と、次の瞬間
「ごめん!」
加川くんは手を離し飛び退くと、瞬間的に土下座のポーズになった。そのすばやい動きに私はあっけにとられ、そして吹き出した。笑いが止まらなくなった私に彼が言い訳のように呟く。
「だってちょっと、調子に乗ったかなって。……そんなに笑うなよ」
「だって……」
調子に乗ってもべつによかったのに、という言葉を飲み込んで加川くんの高潮した顔をみつめた。

 その後は、加川くんがノートを写し終わるまでボーっとテレビを見て、残念ながらといおうか、何事もなくおいとました。でもこの日から、私の彼に対する感情にははっきりと変わった。
 私は彼について、ほとんどなにも知らない。趣味とか特技とか、出身地とか、女性遍歴とか。知らないだけではなく、自分でも不思議なほど興味が無い。無口な彼とは、大学の飲み会でも、ほとんどしゃべったことがない。それでも彼に惹かれているということは、彼の外見のイメージや雰囲気に、自分の都合のいいイメージを重ねて恋に恋しているということだろうか。
 私も20歳ともなれば、そんなに多くは無いけれど、何回かは恋愛を経験している。しかし加川くんに対する今のような感情を抱いたのは初めてだ。これも恋なのだろうか。そもそも、人を好きになるって、どんなことか良く分からなくなってきた。
 まあいいや、とにかく、彼は、「触れたい人」になった。

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2007/11/04

いびつなハート 5 遭遇

 すっかり寒くなったある日の午後、友人の孤高のベーシスト木下と駅前のファーストフード店に入ってボーっと外を見ていたときにそれを見つけた。
 木下はずっとレッチリのフリーがどうの、スラップがどうのとベースの話をしていたけど、私は楽器がまったく弾けないのでよくわからなかった。私の適当な相槌をよそに、彼は一人で盛り上がっていた。でもそういうところが結構好きで、一緒にいるのは心地よい。
 で、何を見つけたかといえば、加川くんが女性と歩いている姿だった。腕を組んでいるから、親しい仲なのだろう。色が白く、長い黒髪がなびくスレンダー美人だ。
 私はこんな事態においても、なんとなくやっぱり、という感じがしただけで、そこまでショックは受けなかったと思う。ただ彼女が自然に腕を組んでるのが羨ましいと思った。
 歩いている加川くんが自然にこちらを向きそうになり、あわてて目を逸らし、アイスコーヒーを啜る。木下は、向き直ると、今まで私がそっぽを向いていたことに今気づいた様子で
「おい、きいてんのか。」
と片手で私の両頬をつかんで、タコのような顔になった私をちょっとにらむと、さらに話を続けた。一応聞いていて欲しいらしい。また適当に相槌をうちながら、やっぱり木下に触られるのとは全然違うな、などと関係ないことを考えていた。
 木下はひとしきり語ったことで満足したのか腕時計をちらりとみると
「そろそろいくか、付き合わせて悪かったな」
といった。反応が薄かったことで木下が不快になっていないかちょっと心配になり、
「ううん、ベースの話、おもしろかった。今度またライブに呼んでよ。」
と答えた。私はライブに行くのが好きなのでただの社交辞令ではない。
 木下はこれから駅前のスタジオで練習ということでファストフード店の前で別れた。私は本屋にでもよって帰ろうと駅ビルのエレベーターにに向かった。
 エレベーターの上ボタンを押すと、階数表示B1から1に変わり、ドアが開く。
 そこには加川くんが乗っていた。

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2007/11/11

いびつなハート 6 微熱

 さっきのロングヘアーの女の子は一緒じゃなかったけど、なんとなくおちつかない。目で挨拶をして、加川くんが立っている位置と反対側の隅に乗り込む。沈黙する。
 2Fに着くとき何人か乗り込んできて加川くんが私のすぐ右隣に詰めた。右腕が熱い気がする。
 3、4と上がっていく回数表示を見つめながら、私は右腕を加川くんの左腕に絡めていた。ジャケット越しの腕が燃えるように熱く感じる。彼女といたときの加川くんの姿を思い出す。思ったよりがっしりした彼の腕の感触に、欲しいものを得た充足感があった。
 彼の体温を感じながら、目的の書店のある階についた。ためらいなく腕を外し、エレベーターから降りる。振り返ると加川くんが
「なんだよ?」
と呆れたように笑って言った。
「なんだろうね?」
と返した私の顔は、いたずらが成功した子供のように無邪気な笑顔だったと思う。
彼の苦笑いを消すようにエレベータのドアが閉まった。
本当に、私はどうしたいんだろう。わからない、けれど今日思いついたことがある。髪の毛を伸ばそうと思った。そういえば、髪を伸ばしたわけは彼に触れられたかっただけ、なんて歌があったな、と思い出していた。

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2007/11/23

いびつなハート 7 風

 十二月もなかば、もうすぐ冬休みということで実験の打ち上げと、忘年会をかねて飲み会が開かれた。メンバーは大学一年の教養科目のクラス分けで一緒だった十二人だ。今はみんなそれぞれの専攻別に別れてしまっているが、集まるときは大体このメンバーだ。
 飲み会はなぜか工学部棟の屋上に鍋とフライパンと缶ビールやチューハイをならべて行われていた。ときどき強い風が吹くと耐えられないほど寒く、皆から口々に叫び声があがる。まあそれが楽しくもあり、みんなのテンションが上がる。
 それにしても工学部の男女比率というのはかなりアンバランスで、男子十人の中に女子は二人しかいない。もう一人の女の子は実花といって、まったくどこをどう間違えてこんな男臭いところに入って来たのかというような華やかな女性だ。木下と同じ建築科で、インテリアデザイナーを目指しているらしく、本人も見るからにオシャレさんだ。木下のバンドの大ファンだと公言して、木下のそばにいつもいるが、見ているとバンドというよりは木下本人のファンのような気がしないでもない。無味乾燥な私とは正反対のタイプで、実花と私は多分こんな風に出会わなければ言葉を交わすこともなかっただろうなとおもう。
 飲み会はそんな実花と木下を中心に寒いのを物ともせず盛り上がっていた。
 駅前のレストランでアルバイトをしており、料理が得意な尾崎くんが焼きそばや炒め物を次々に作り、並べていく。
 実花が鍋の番をしながらしきりとおしゃべりに興じているその奥で、加川くんがみんなのやりとりに口の端をあげていつもの様に薄く笑みながら、発泡酒の缶を傾けていた。私とは対角線上の、一番遠い席にいる。彼とは、あのエレベーターであった日以来、久しぶりに会った。あの腕の感触を思い出すと、胸が燃えるように熱くて、今吐いた息までいつもより二、三度上昇しているんじゃないかと思える。ぼーっと彼を目で追っていると、いきなり実花に話を振られた。
「なに?」
「だからぁ〜、木下のバンドのギターの清水谷くんがあきに会いたがってるんだって」
 清水谷くんと言われてもすぐには顔が思い浮かばなかった。木下のバンドは木下とボーカルの明るさと容姿のよさが高インパクトなため、他のメンバーの印象が薄かったがたしかに打ち上げに参加したときに会った気がする。物静かな人で嫌いな感じではなかったはずだ。
「あきのこと気に入ったらしいよ。へんなやつだよな」
 木下が言う。なんて言い草だ、と思ったが敢えてなにもいわないでいると、実花が、
「あきはなちゅらるでぴゅあでかわいいもん!」
 などとフォローするのが逆に悲しい。要するに地味ってことだ。少し加川くんの様子が気になって彼の方を見たけどまた例の薄い笑いを浮かべているだけだった。
 
 実花がそろそろ帰るといって十一時半ごろ抜け、木下が送って行った。とたんに華やかさを失った飲み会はたらたら、ぐだぐだ、まったりと続いていたが、さすがに寒すぎるということで軽音部の部室に移動することになった。
 軽音部の部室は、狭い四畳半にドラムセットがむりやり押し込まれており、その隙間に楽器や楽譜が詰め込まれている。ここで本当に練習をしているのがと疑いたくなる有様だった。

8へ
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2007/11/25

いびつなハート8 煙

 むりやり部屋に入り、酒盛りを再会する。焼酎を何でもかんでも割ったり、そのまま飲んだりと、とにかくお酒を飲むにも無節操になってきた。みんなほとんどべろべろに酔っ払っており、トイレから帰ってこない奴もいた。
 狭い部屋に濃い酒のにおいが充満し、どちらかというと食い気だった私も少し気分が悪くなってきた。とにかくこの酒のにおいが充満した部屋から出て、酔いを醒まそうと出入り口のドアを開くと、ちょうど木下が戻ってきたところだった。
「おまえらどこ行ったかと思ったよ。つうか、勝手に軽音部の部室使って大丈夫かよ」
 どうやら木下は私たちが屋上からどこに移動したかわからず探したらしい。
「だってさっむいからさ、尾崎くんが鍵もってたしここに移動した。軽音部の部室ってはじめて入ったけど、こんな狭いとこで練習してるんだね」
「まあな。まあ、やりずらいけどみんなの距離も近いし、一体感は出るよ。そんなことよりおまえさ、さっきの話だけど清水谷が会いたがってるから来いよ。クリスマスライブ」
 そういって木下はチケットを差し出した。私が受け取ると、木下は部屋の中に後ろ手に扉を閉めながら背中で
「十二月二十三日な。忘れんなよ。実花も来るから、一緒に来いよ」
 と言った。私お手洗いの方向に歩き出しながらはいはいと返事をする。歩きながらチケットを見るとピンク色の紙に「the middle garden クリスマスライブ」と印刷されていた。木下のバンドの曲は私の好みとあっているし、年末ちょっと楽しみな予定ができた。
 用を足して、冷たい水で手を洗うと部屋に戻る廊下を歩く。部室は廊下の左側にある。ふと目を上げると正面の廊下の突き当たりで紫煙が上がっていた。トイレと反対側の廊下の突き当たりは、ベランダのようになっている一角に灰皿が置いてあり、喫煙所のようになっている。最近校内が全面禁煙になったことを受けて設けられたものだ。そこできっと加川くんがタバコを吸っているのだ。私はそのまま部室を通り越すと、ガラス戸を開けてベランダに出た。

9へ
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2008/06/15

いびつなハート 9 夜

 思い切って外に出たが、視界には学校の周りの見慣れた夜景しか目に入らず、誰もいないのかと拍子抜けした瞬間、後ろから煙が流れてきた。
 振り返ると加川くんガラス戸の横の壁にピッタリとくっついて煙草を吸っていた。また口の端を歪めて笑っている。
「なにしてるの? 忍者?」
 なんとなく照れてしまい、よくわからないことをいいながら隣に行き、同じように壁にピッタリとくっつく。加川くんが、煙草の箱から一本煙草を出して、こちらに向ける。
「吸う?」
「吸わない。おいしいの?」
 私は女の煙草はカッコ悪いという親のすりこみのおかげで、友人たちが煙草を吸おうが勧められようが一切煙草を吸おうと思ったことがない。かといって煙草の煙や臭いが嫌いかというとそうでもないが。
「べつにうまくはないよ。癖かな」 
 そういって煙をぽっ、と輪っかにして私の目の前に吐き出した。夜の闇に溶けては消えていく乳白色の煙を目で追いながら、私も加川くんも黙って空を見上げていた。ときどき室内から笑い声が聞こえてくる以外は何の音も聞こえなかった。不意に風が吹き、煙草の煙が強く流される。私は寒さに身震いした。ちょっとトイレに行くだけのつもりだったのでかなり薄着だったのだ。
「うーう、寒い。戻るね」
 そう言って戻ろうとした私の腕を、加川くんが掴んだ。
「ちょっとまった、もう少し居て」
 そう言って、自分の着ている茶色のカーディガンの前を開けて私を包んだ。考える間も、返事をする間も与えない早業だった。煙草のにおいがした。ずっとまた触れたいと思っていた加川くんにあの日以来やっと触れた。その機会は急に訪れたけれど、きっとこのベランダのガラス戸を開けたときから私はこの瞬間を期待していたのだと思う。触れている背中が熱かった。
「吸い終わるまで待って。いやじゃないよな?」
 当然だけど一応確かめる、といった風に微笑を浮かべながら加川くんが訊ねる。黙って肯くと、カーディガンの前をあわせるようにしている腕に力がこもった。加川くんのぬくもりに私は充足感を感じていた。ただこの時間が少しでも長く続けばいいと、煙草の火がじりじりと光るのを見ながら思った。

10へ
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2008/06/29

いびつなハート 10 中庭にて

 十二月二十三日は、十八時半に実花と新宿駅南口で待ち合わせをした。さすがに年末の新宿は人がごった返していたが、華やかな実花を見逃すことはなかった。十八時四十分に黒いブーツを忙しなく鳴らして実花が改札から走ってきた。パステルピンクのコートの裾から、ワインレッドのベロアのミニスカートがちらちらひらひらしている。
「ごめんねー。待った?」
「ううん、私も今来たとこ」
 などと、カップルのような会話をして、お互いニヤっと笑う。実花も私がすぐ分ったようで一安心だ。なにはともあれライブハウスに向かった。
 私と実花はのろのろ歩いて、やっと十九時過ぎにライブハウスの重いドアを開けた。なかは薄暗く、ドラムとベースのおなかに響く音が充満していた。
 ステージを見るとオレンジのライトの中で、知らない人たちが演奏していた。入り口でもらったペーパーを見ると、「the middle garden 」の前に「regnare (レナーレ)」とあった。この人たちのようだ。
「あたしー、飲み物もらってくるよー。なにがいーい?」
 耳元で実花が叫ぶ。
「じゃーあー、カシスオレンジー」
 私も実花の耳元に叫び返すと、実花はうなずいて周りの人をすり抜けながらドリンクカウンターに走って行った。
 何気なくまたステージに目を戻すとさっきの人たちが演奏している。全員が紺色のTシャツにボロボロのGパンという出で立ちで、なぜか長髪だ。ボーカルが歌とも叫び声ともつかない声を上げている。
 なかなかうるさくていいな、と思い、音に身を任せていると、実花が戻ってきた。持ってきたLサイズの紙コップには緑色で柊の葉がプリントされている。二つのうち一つを私に手渡すとまた耳元で叫ぶ。
「あれー加川くんじゃなーい?」
 そう言って実花が指さした先を見ると、確かに加川くんがいた。隣にはこの間見かけた例の黒髪の女の子がいた。見付けた瞬間に、心臓のあたりがズキズキと痛んだ。思わず息をのむ。
「ほ、ほんとだー」
 できるだけ動揺を隠して、実花の耳元に叫び返すと、ふいに照明が落ちた。レナーレの番が終わって、木下たちの番らしい。しばらく真っ暗になり、ざわざわと客の話し声だけがしていた。ちびちびと紙コップのカシスオレンジをの飲みながら待つ。
 それにしても、加川くんと例の彼女も木下に誘われたのだろうか。この後の打ち上げにも来るのだろうか。彼女の前でなんともないように振舞うことができるだろうか。
 加川くんがいた方向を横目で見ると、真っ暗な中に彼女の白いワンピースがぼやっと浮かんでいるような気がして目を閉じた。

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2008/08/17

いびつなハート 11 中庭にて2

 ぱっとステージが明るくなり、左側に見慣れた木下の顔が見えた。右側には黒い帽子を被った清水谷くんがいて、ギターのヘッドが覗いている。ドラムの玲くんはこの位置だと顔がみえない中央でイケメンのボーカリスト影山くんが口を開いた。
「みなさん、こんにちは」
 わーっという歓声とドラムの音が観客を盛り上げる。みんな白いシャツと、黒いハーフジーンズをはいている。隣を見ると実花がステージの照明に照らされた頬を紅潮させていた。目がいつもよりもキラキラ輝いている。
「ね、あき、いこいこ!」
 実花に腕をつかまれ、ぐいぐいと引っ張られる。目指すは木下の目の前だ。実花は体全体で人垣をかき分けて進み、既にそこに陣取っていた女の子たちのむっとした顔をもろともせず、木下の目の前に落ち着いた。ステージでは影山くんと木下のオープニングMCというか漫才というか世間話が続いている。そのやりとりになんの関係もなく、実花は
「木下ー! かっこいい!」
 とか叫んで手を振っている。別にいつも近くでみてるじゃん、と突っ込みを入れたくなる。
 木下はライブ中はあまり一人ひとりのお客さんを気にしていないし、私たちに気づいても無視だ。今日も多分気づいていない。私たちに、というか騒いでる実花に、だと思うが気づいたのは影山くんだった。ちらっと見てすばやくウィンクする。私も小さく手を振る。これだから女の子の人気もピカイチなのだ。実花は……木下に釘付けなので気付かなかったようだ。
「それでは一曲目、middle garden !」
 影山くんの一声で演奏が始まった。曲に合わせてライブハウスが揺れる。重いベースとバスドラの音がお腹に響く。私も揺れながらリズムに身を任せる。実花はきゃいきゃいと歓声をあげながら飛び跳ねている。
 続いて二曲目にはいるころには真冬だというのに汗だくになっていた。飲んでいたお酒も適度にまわって、気分が乗ってくる。いつの間にか振り回している両手からはカシスオレンジの入った紙コップは消えていた。二曲目もノリのいい激しい曲だ。観客全体が、木下たちの演奏に合わせて動いていて何とも楽しい。
 曲はギターソロに入り、清水谷くんが中央に出て演奏し始めた。足を閉じて、右側に重心を傾けるような姿勢で、左手の細いきれいな指をすごい勢いで動かしている。弦を右手のピックがはじくたびに、唸るようなギターチューンが流れ出す。手の動きとは対照的に、私の位置から見える横顔は石膏の彫刻みたいにつるんとして、無表情に左手を見つめている。その姿がこの熱に浮かされたようなライブハウスの中に溶けずに残った氷のようで、目が覚めたような思いがした。ギターソロが終わり、清水谷くんは元の位置にもどり、私の位置からはほとんど見えなくなって、激しい曲と影山くんの声に会場が包まれても、私はしばらくその余韻に浸っていた。

12へ
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2008/08/23

いびつなハート 登場人物紹介(改め相関図)

人物相関図を作成してみました。(クリックで拡大します)
相関図

Abi-Station 似顔絵アイコンメーカーで登場人物のアイコンを作ってみました。
私の中のイメージはこんな感じです。

あき&加川くん
aki    kagawa.gif

木下&実花
kinosita    mika

影山くん&清水谷くん
kageyama   simizutani.gif


13へ

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2008/08/31

いびつなハート13 中庭にて3

 一時間半のライブが終わり、私と実花は、ライブハウスの裏口で木下達を待っていた。いつも通りならこのあとバンドメンバーと見にきた友人で打ち上げに行く。打ち上げは影山くんの強い希望でいつもカラオケにいくことになっていた。パーティールームで大騒ぎだ。それにしても影山くんはあれだけライブで歌ってまたカラオケに行くのだから歌うのがとても好きなんだな、と感心する。とはいえ二、三時間もすると誰も曲を入れなくなり、しゃべり、飲んで騒いで夜が明ける。
 少しするとまず木下が出てきた。おう、とそっけなく挨拶をする。あきらかにかっこつけている。きっとバンドモードなのだ。実花が
「お疲れ様!」
 と弾んだ声でいった。実花は普段のおちゃらけた木下も好きだけど、きっとこのイケメンモードの木下がすごい好きなんだと思う。いつもとはしゃぎっぷりが違う。
 つづいて清水谷くんと影山くんが出てくる。影山くんが
「今日はありがとう☆」
 ととびっきりの笑顔で私たちに言った。実花も私も思わずメロメロだ。清水谷くんもつづいて照れた感じで会釈をした。
 そのあと玲くんと軽音部の後輩たちが出てきた。後輩たちはPAINというギターボーカル、べース、ドラムの三ピースのパンクバンドをやっている。玲くんになついていて、いつもライブの手伝いをしている。玲くんも私たちに
「ひさしぶり、いつもきてくれてありがとね」
 と声をかけてくれた。
 そうこうしているうちにメンバー四人と実花と私、それから軽音部の後輩三人と、いつものメンツがそろった。すると木下が
「今日、加川もくるからもうすこしまってな。なんか後輩つれてくるって言ってた」
 といった。ああ、やっぱりくるんだ、ともやもやとした気持ちになる。黒髪美人と加川くんのツーショットを思い出して心臓のあたりがぎゅうっと痛くなった。
 そこにぴろりろりーん、と間抜けな着信音が響く。木下が携帯に出た。
「え? うんうん、そうそう、そこ右ね。みんないるからわかるよ」
 少し話すと電話を切り
「加川だった。もうすぐ来る……」
 と言って遠くを見て固まった。木下が向いている方向を見ると、加川くんと例の黒髪美人が歩いてきていた。
「レイコ……」
 木下がつぶやく。え、あの子と知り合い? と思っていると清水谷くんが
「たしかに、レイコちゃんに似てるね」
 といった。木下と清水谷くんの知り合いに似ていたみたいだ。でも木下のこの反応はちょっと普通じゃない気がする。実花を見ると木下を見つめ困惑した表情を浮かべている。
「ごめん、みんなお待たせ」
 加川くんが私たちを見つけて駆け寄ってきた。隣の女の子を指して
「フットサルサークルの後輩のえり。バンドとか興味あるっていうから連れてきた」
「はじめまして。北園えりです。今日はすごいよかったです。もうノリノリになっちゃいました」
 と、瞳をキラキラさせて自己紹介する。すごく儚げでかわいい。影山くんが真っ先に
「今日はありがとう、ボーカルの影山です☆」
 とイケメンオーラ全開で自己紹介する。しかも
「ところで加川とはただのサークル仲間なの?」
 と聞きにくいことにいきなりズバリ突っ込んだ。だがさわやかにサラっと聞くせいか、さほど不躾な感じはしない。
「そんなんじゃねーよ」
 加川くん苦笑しながら答える。えりは静かに笑っている。即座に玲くんが
「じゃあ、まだ俺にもチャンスあるってことでいい?」
 といい、みんなが爆笑したところで、カラオケに移動することになった。
 カラオケに向かう間、いつもは盛り上げ役の木下がとにかくぼーっとしているのが気になっていた。さっきのえりを見た時の反応はなんだったんだろう。

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2008/09/13

影山くんの奇妙な日常 第一話

 俺は影山真人、大学二年生。勉強はそこそこにバンド活動とバイトに勤しむ毎日だ。
 バンドではボーカルをやっていてそこそこ人気がある。自分で言うのもなんだけど結構もてる。でも俺はあまり女性と付き合うのが得意じゃなくて特定の彼女はいない。これは姉三人に囲まれて育ったせいだと思っているが因果関係は定かでない。
 そんな俺が、ある日バンドのファンということで親しくなったミサという女子高生から相談を受けた。俺はよく女の子から相談されるがこれも三人の姉に囲まれて育ったせいだと思うが……まあ、いい。
 携帯で呼び出され、指定されたファミレスに行くと、ミサはもう窓際の席に座って待っていた。高校生のくせに茶色の髪をぐりぐりと弄りながら煙草を吸っている。俺が席に着くと、待っていたように口を開いた。
「最近、彼氏がおかしいの」
 彼氏は大学生で一人暮らしをしており、ミサは実家に住んでいる。毎日学校が終わってから電話をかけ、彼氏の家に通う毎日だそうだが、最近携帯がいつも圏外なのだという。
「ただ、家に行けば何事もなかったようにいるのよね。電話したんだけどっていうと、いつも気付かなかったっていうんだ」
 でなんでそれを俺に言うのか、どうしてほしいのか。と思いつつも俺は頷いて先を促す。
「もうひとつ気になってることがあって。彼の部屋、居間の奥が寝室なんだけどね、その寝室に最近いつも鍵がかかってたんだ。変だなと思ってたんだけど」
 ここまで話したところでウエイトレスがお冷を持ってきた。コーヒーを注文する。
「ある日また電話が通じなかったから直接彼の家に行ったんだ。で、いつもチャイム鳴らすんだけどその日はこっそり鍵を開けて入ったの。合鍵がポストの裏にあるのをずいぶん前に見つけてたから」
 注文したコーヒーが運ばれてきた。コーヒーを飲みながら話を聞く。
 ミサが足音を立てずにそろそろと入っていくと、居間に彼は見当たらず、奥の寝室からぼそぼそと話し声が聞こえたという。なんだか怖くなって声をかけると、彼が寝室から飛びだしてきたそうだ。
「その時ね、寝室の引き戸の隙間から、見えたの。女の人の後ろ姿が!」
「やっぱ浮気してたのか」
「うん、ただの浮気ならいいんだけどね……。最近寝室に鍵がかかってたこととか考えるとなんか心配になっちゃって。様子もおかしいし」
 その日はこっそり入ってきたことに激怒され彼の家をすぐに追い出されたため、それ以上のことはわからないという。
 ミサは彼氏がなにか犯罪のようなことにかかわってないか不安なようだ。
「でもなんだかんだいっても私まだ子供だし、なにかあっても対処できないし」
 そこまで言うとミサは急に俺に手を合わせると
「おねがい! 今から彼氏の家に行くからついてきて!」
 と頭を下げた。俺はあまり気が進まなかったが、なにやら怪しい気配がするし、ミサに何かあっては困ると思い、ついていくことにした。彼氏の家はこのファミレスから歩いて五分ほどの距離にあるという。さっそく伝票を取ってレジに向かった。
 家まで歩く途中、彼氏についてミサが話し出した。
 彼氏の名前はキョウタロウ。美術大学の四年生で、真面目な、おとなしい人物らしいが、芸術家らしくかなり神経質で変わり者のようだ。ある日家に行ったら居間の壁中にいろいろな彫刻の写真が貼ってあり、ミサを驚かせたこともあるらしい。
 ただ高校生のミサにはそんな所もアーティスティックに映ったようだ。そしてなにより、このキョウタロウはものすごい美形なのだそうだ。ミサいわくそこに「も」惹かれたらしいが、俺は「も」は不要じゃないかと思っている。
 最近は卒業制作のため大学と家のどちらかで作業をしていることが多かったという。
 そうこうしているうちにアパートの前に着いた。ミサが携帯に電話をかける。いつものように圏外だったようだ。
「きっと家にいるわ。こっそり入って浮気現場を押さえるのよ」
 といってミサはポケットから鍵を取り出し掲げた。そういうつもりだったのか。なんだか大変なことになってきたがここまできたら行くしかない。
 彼の住む三階までエレベータで上がり、部屋の扉の前に着くと、ミサは唇に一本立てた人差し指を当て、静かに鍵を挿し、回した。……こういう感じの、テレビで見たことあるような。
 チャ、と小さな音をたてて鍵が開いた。ゆっくり扉を開き、体分開いた所で中に入る。正面に居間が見えたが、電気やパソコンは煌々とついているにもかかわらず、誰もいない。居間の奥に襖が見える。おそらく襖の向こうが寝室なのだろう。ミサは俺の手を引くと土足のまま忍び足で居間を通り抜け、襖の前に立った。奥からぼそぼそと話し声が聞こえる。
 またミサが人差し指を立てて唇にあてると、反対の手で襖を引いた。襖には錠を差し込む金具が付いており、今は鍵は付いていなかった。もしかすると内側に鍵がかかっているかもしれないと思ったが、何の手ごたえもなく一センチほど開いた。幸いにも全く何の音もしなかった。
 隙間から中を覗くと、薄暗い部屋の中に、ベッドに座る二人の影が見えた。カーテンを閉め切り、ナイトランプのような暗めのライトをつけているようだ。
 キョウタロウは、隣に座るセミロングの栗色の髪の女性の肩を抱き、何かを話していた。はっきりと聞き取れないが愛してるとか、綺麗だとか、そんな感じのことをうっとりと呟いているようだ。女性は俺たちにほとんど背を向けており、顔は見えない。
 キョウタロウが女性の顎に手をそえ、引きよせたように見えた。と
 思った瞬間、ミサが我慢の限界に来たらしく、勢いよく襖を開けた。
「キョウちゃんのバカー!」
 とミサは叫ぶと、部屋に飛び込んでいった。俺も勢いに任せ後に続く。キョウタロウはミサの声にビクっと反応し、目を剥いて俺達を見上げた。白いほっそりとした顔が、居間から延びた蛍光灯の白い光に照らされる。女性は俺たちに背を向けたまま微動だにしない。
「ミサ……」
 ミサは、そう呟くキョウタロウを一瞥すると、意識をじっとしたまままの女性のほうに向けた。
「ちょっとあなた、どういうつもりなの!?」
 ミサは女性の肩に手を置き、こちらを向かせるようにグイと引っ張った。
 すると女性は音もなく仰向けにベッドの上に倒れてしまった。ミサが悲鳴をあげる。二人でおそるおそる女性を覗き込むと、ミサに引っ張られて服がはだけた右肩に、関節のつなぎ目が覗いていた。
 それは、プラスチックのマネキンのような人形だった。
 黄色いサマーセーターから伸びた白いすべすべとした首が、蛍光灯の白い明りを吸いこんで冷たく光っていた。赤く瑞々しい唇の上に、形の良い小ぶりの鼻があり、その両脇に大きく真っ黒なガラスの瞳が宙を仰いでいる。肢体は両腕を広げた格好で固まっていて、彼女だけ時間が止まってしまったかのようだった。
 俺とミサは言葉もなく立ち尽くし、沈黙で数秒が過ぎた。
「……けよ」
 キョウタロウが、人形を抱き起こし、何かつぶやいた。
「出てけよ――!!」
 キョウタロウが絶叫するのに弾かれるように、俺たちは黙ってキョウタロウの家を後にした。その後、ミサとどこで別れたのか、どんなふうに家に帰ったかも覚えていない。
 これは後で気づいたことだが、キョウタロウの中世的な美しい顔と、マネキンのなまめかしく微笑む顔はそっくりで、今でも目をつぶるとありありと思い出せるほどだ。
 あの人形は何だったのか、ミサとキョウタロウがその後どうなったか、俺は知らない。

第二話へ

あとがき↓ 注意*他作品のネタばれがあります。

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2008/09/14

いびつなハート 14 中庭にて4

 カラオケに到着し、個室に通されると、さっそく影山くんが曲を入れだす。部屋は二十人用ぐらいのパーティールームで、壁に沿ってソファーがあり、真ん中に四角い小さめのテーブルが二つ、ところどころに丸椅子が置いてある。
 広すぎる部屋にみんなバラバラに座った。すでに影山くんが熱唱をはじめる中、店員が入ってきた。みんな口ぐちに自分の注文を言う。私も喉がすごく乾いていたのでビールを注文した。
 ライブで飛び跳ねて足が疲れていた。座って運ばれてきたビールを飲んで落ち着くと、思わずふう、と息をつく。
 それにしても、木下のことばかりきにしていたけれど、加川くんがえりとなんでもないというのは本当なのだろうか。別にウソをついてもしょうがないので本当なんだろうけど、あの日腕を組んで歩いていた姿はどう見ても恋人同士だった。きっとただの後輩ではないんだろう。でも「そんなんじゃない」という言葉を聞いてなんとなくほっとしている自分がいる。私は思ったよりポジティブだな。そんなこと思っていたら
「木下、木下ってば」
 実花の声で正気に戻る。また木下がぼーっとしていたらしい。木下はどうしたんだろう。ふと隣りを見ると清水谷くんが座っていた。
「清水谷くん」
「なに?」
 清水谷くんが静かに微笑みながらこっちを見る。
「さっきから木下変じゃない? なんか加川くんが連れてきたえりちゃんを見た時からみたいな気がするんだけど」
「ああ……」
 清水谷くんはちょっと言葉に詰まる。やっぱり何か知っているようだ。
 そのとき、影山くんの熱唱が終わり、玲くんがドラ声で英語の激しい曲を歌い始めた。ただでさえひかえめな清水谷くんの声はこの距離では聞こえそうにない。ひとまず玲くんの歌でも聞こう、とカラオケのディスプレイに目を移すとフワッと空気が動いて、青リンゴのようなさわやかな匂いがした。振り向くとすぐ近くに清水谷くんの顔があった。
 「あきに会いたがってるんだって」「きにいったらしいよ」という言葉を思い出して思わず固まる。木下や実花の話をそのまま本気にしたわけじゃないけれど、やっぱり意識せずにはいられない。清水谷くんが小さな声で話す。
「あの、あきちゃんだからいうけど……」
 そう言って清水谷くんはビールを一口飲むと
「木下と俺は高校一緒なんだけど。あのえりちゃんさ、俺と木下が高校のときに仲良かった子になんか似てるんだよね。レイコって子に」
「木下の元カノに?」
「いや、付き合ってはいなかった。その子の家も学校も何も知らなくて。俺達地元でもバンドやってたんだけど、よくやってたライブハウスの常連さんだった」
「ふーん、でも知り合いの女の子に似てるだけであの反応?」
「うん、それが、ライブのとき以外もよく三人で遊んでたんだけど、突然いなくなったんだよね。急に連絡が全くつかなくなっちゃって。俺達携帯ぐらいしか知らなかったからそのまま音信不通になった。木下が当時あの子のこと好きだったかわからないけど、最後そんな感じだったからじゃないかな」
「なるほどね……」
「あーき!」
 顔を寄せてひそひそと話していると、いきなり実花が割り込んできた。話している内容が内容だけに思わずドキっとする。
「仲いーじゃなーい」
 実花はにやにやしながら冷やかしてくる。別に色気のある話をしてるわけじゃない。実花にも関係あることなんだけど、と思いつつもまあね、と流して、
「ほら、実花もなんか歌いなよ」
 とリモコンを押しつけて話の内容に突っ込まれないうちに席を立つ。ちょっと冷やかされて、清水谷くんとの距離に照れてしまったのもある。玲くんのリサイタルがちょうど終わったところで部屋を出てトイレに向かった。
 レイコちゃんか……木下にもそんなおセンチなところがあったのだ。実花がこのことを知ったらショックを受けるに違いないし、しばらく黙っていようと思いながら、ゆっくりお手洗いに向かった。

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2008/09/21

いびつなハート 15 中庭にて5

 トイレから戻ってくると加川くんが歌っていた。あまり上手じゃなく、自分の知っている彼とのイメージのギャップに吹き出しそうになった。自分の座っていた席を見ると玲くんが横になってぐだぐだしていて、そこには戻れそうになかった。どこに座ろうかと思い見渡すと入口近くのえりの隣りだけぽっかりと空いていた。
 あまり気が進まない、でも避けるのも不自然だと思いそこに座る。えりの向こう側には加川くんが座っていて歌をうたっている。私たちが高校生ぐらいの時に流行ったポップソングだ。あまり上手じゃないけど、声の響きに反応して胸のあたりがじんわりとしてきて、テレビ画面に流れる歌詞を見る横顔に触れたい気持ちが湧いてくる。
 自分の飲んでいたビールのコップをとり寄せ一口飲むと、えりが話しかけてきた。
「萱野さんですよね、はじめまして」
「はじめまして。えりちゃんだよね」
「あの、突然ですけど、萱野さんて、火曜の心理学A取ってません?」
「うん、とってる。あれえ、えりちゃんもいたんだ?」
 全く気付かなかったが同じ授業を取っていたようだ。
「よく私に気付いたね?」
「ハイ、あの授業人文学部の二年生がほとんどでほかの学部の人ってあまりいないんです。あのセンセイいつも当てるとき、なぜか学部言うじゃないですか?」
「いういう。工学部の萱野さん、とかって」
「そう、それで工学部って圭ちゃんと同じだーと思って。工学部って女性が少ないイメージだったから余計印象に残ってて」
 加川くんのこと圭ちゃんって呼んでるんだ。とちょっとショックを受ける。
「あの授業、文系の科目をいくつか選択で受けなきゃいけないから選んだんだけど、臨床心理学っていうのかな? 子供育てるのに役立ちそうな授業だよね」
「ハイ、なんか女性にとって大事な知識多いですよね。興味深いです」
 なんだかんだで心理学Aの授業のことがきっかけで話が弾む。
 えりは見た目は涼しげな眼もとの美人で、ちょっと人見知りっぽいから、大人しい上に、きつそうな印象を与えるが、話してみると明るく屈託がなく話しやすい。
 二人で話していると影山くんや玲くんが途中で混ざってきたりしてちょっかいを出してくる。そんな感じですっかりこのメンバーの中に溶け込んでしまった。
 えりと加川くんが参加しているフットサルサークルの件で話が盛り上がっているところで、えりが時計を見ながら立ち上がった。
「いけない、そろそろ帰らないと」
「え、もう? まだ電車あるでしょ?」
 影山くんが残念そうに一言。携帯の時計を見ると二十二時半だった。
「実家なんで、あまり遅いと親が心配するんです。家はS谷の辺りなんで近いし、まだ十分電車はありますけど」
 そこで木下がふと気づいたように言う。
「あれ、今日実花は大丈夫なの?」
「今日はあきの家に泊まるって言ってきた」
「えりちゃんも私のうちくることにすれば?」
 私が誘うと、うーん、と少し迷ってから言った。
「明日バイトで早いんで、やっぱ帰ります」
 そう言うと、じゃあ、と荷物をまとめて席を立とうとするえりに木下が声をかけた。
「バイクで送って行こうか。俺はあまり酒飲んでないし」
 木下は多分実花を送っていくつもりでセーブしていたのだと思う。えりはまた迷った様子で加川くんを見る。すると加川くんが
「もう遅いし、木下の厚意に甘えたら?」
 と、進める。えりはゆっくりうなずくと、お願いしますといって、木下と一緒に部屋を出て行った。
「なんか私、不安だよ……あき……」
 実花が泣きそうな顔で、でも私にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。

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2008/10/04

いびつなハート 16 金のリンゴ

 朝七時、私たちはカラオケボックスから出た。騒ぎまくってオールした体はさすがに疲れきっていて、朝日がまぶしい。駅までみんなで向かうと口ぐちにお疲れ様、と声を掛け合い、解散した。
 実花と木下はバイクで帰り、影山くん、玲くん、清水谷くんと後輩たちはJ線の改札で別れた。別れ際、清水谷くんが、あっそうだ、と言って立ち止まる。
「あきちゃん、携帯出してみて」
 携帯電話を差し出すと、清水谷くんも自分の携帯を出して何やら操作をする。すると、私の携帯が清水谷くんのアドレスを受信した。赤外線通信で番号とアドレスを送ってきたのだ。私も自分のアドレスを送り返すと、清水谷くんは何も言わず、にこっと笑って先に行った影山くんたちを追いかけて行った。電話やメールなんてあまりしなそうな感じだけどくれるんだろうか。また「きにいったらしいよ」という言葉を思い出して少し赤面する。
 そんな感じでK線で帰る私と加川くんだけになった。少し歩いてホームに着くとすぐに電車が来た。
 休日の朝の電車は空いていた。二人ともドアの近くに立ったまま外を眺める。疲れていたのもあり、ほとんど無言だったが、ぼそりと加川くんが口を開く。
「木下と矢口さんってさ、付き合ってないの?」
「うん、付き合ってはいないみたいだね。実花が木下のこと好きなのはまあ、見ててわかるけど。木下はよくわかんないな」
「ふうん、でもいつも一緒にいるよな」
 そう言うとまた沈黙する。窓の外を流れる景色が都会からだんだん田舎の風景に変わり、私たちの住む街に近づいてくる。
「えりちゃんてさ……」
 ふと思いついて口を開く。でもなんと続けていいかわからなくなる。
「やっぱなんでもない」
「気になるの?」
 加川くんが意地悪な笑みを浮かべて聞いてくる。
「べつに」
 なんでもない風に精一杯取り繕って睨みかえすと、
「ほんとに?」
 今度は真剣な顔で見つめ返してくる。ちょっと寂しそうな、でも熱っぽい視線だった。言葉が返せず、しばらく見つめあっていたけれど、胸がぎゅっと痛くなって先に目をそらしてしまった。
「次はM沢〜、O線はお乗り換えです」
 目をそらして沈黙したまましばらくすると、加川くんの家の最寄駅のアナウンスが流れた。前に行った彼の部屋を思い出す。もう少し一緒にいたい、もう一度目を合わせたい。
 駅がホームに入り扉が開いた。気づくと、「じゃあ」といって降りようとする加川くんの腕を掴み、一緒に降りている自分がいた。

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2008/10/13

いびつなハート 17 断片

「降りちゃった……」
 えへっと精一杯お茶目に笑いながら加川くんの顔を見上げると、
「えへじゃねーよ、もー」
 呆れた顔で少し怒った声を出す。しばらくふざけて私をにらんだあと
「家、来る?」
 といって表情を崩し、いつもの口の端をあげて笑うあの顔をした。私は黙ってうなずくと、加川くんのコートの裾を掴み歩き出した。寒いけど澄んだ空気が気持ちいい。
「今日、何の日だ?」
 歩いていると、白い息を吐きながら、唐突に加川くんが言った。
「あ、クリスマスイブか……」
 自分に予定がないから、すっかり忘れていた。私は何の予定もないけど加川くんはどうなんだろう。
「ごめん! もしかして、今日予定とかある?」
「……ないよ」
 そう言うと加川くんはコートを掴んでいる私の手をとり、ぎゅっとにぎった。心臓が飛び跳ねた。加川くんの手は暖かい。照れて思わずうつむく。
 私たちはそのまま何も話さず、途中コンビニで飲み物や食べ物を買って加川くんの部屋に着いた。部屋は当たり前だが約一か月前とほとんど変わらない。この間と同じようにテーブルのわきにちょこんと座る。加川くんがテレビのスイッチを入れると、ワイドショーで、有名テーマパークのクリスマスの賑わいをレポートしていた。
「クリスマスっていっても、オール明けじゃはしゃぐ元気でないよな」
「まあね」
 たしかにに二十歳を超えると徹夜もきついな、と思った。徹夜明けハイテンションで思わず家まで来てしまったけど、もしかしてとんでもなく図々しかったかしら、と思い恥ずかしくなる。それになにより自分自身がずっと起きていられそうにない。
 そんなことを考えながら、加川くんにコンビニで買ったカフェオレを手渡し、自分もストローを挿す。加川くんは煙草に火をつけた。
「さて、疲れたし寝るか? 俺シャワー浴びるけど、萱野さんは?」
 その言葉に思わずカフェオレを吹きそうになる。いや、そのつもりがなかったわけじゃないけど……えっと……と戸惑っているとみるみる自分の顔が熱くなっていくのが分かった。その様子を見て加川くんがあわてたように言った。
「あ、そういう意味じゃなく……。じゃあ、えっと、それ飲んだらとにかく汗流してきなよ。昨日汗かいて気持ち悪いだろうし」
 なんだか余計恥ずかしくなってぶんぶんと何度もうなずくとカフェオレを飲むことに集中した。気まずい沈黙だ。ちゅるちゅるとストローを吸う音と煙草の煙だけが部屋を満たしていた。
 カフェオレを飲み干すと、気を取り直してお風呂を借りることにした。温かいシャワーにあたるとほっと落ち着いた。ボディーソープやシャンプーの匂いが、かすかに記憶にある加川くんの匂いでドキッとする。髪を泡立てながら、一緒の匂いになるんだなと似合わず乙女チックなことを考えてしまった。
 お風呂からあがると、加川くんが貸してくれたタオルを使い、Tシャツを着た。外国のお土産でもらったというTシャツはかなり大きく、私が着るとワンピースみたいになった。下着は生理用に常備しているものに履き替えることにした。
 入れ替わりに加川くんがお風呂に行き、私はドライヤーを借りてテーブルのところで髪を乾かす。ぼーっとテレビを見ながら髪を乾かしてると、加川くんが出てきた。VネックのTシャツにストライプのパジャマのズボンをはいている。それにしてもはやい。烏の行水だ。加川くんは私が髪を乾かしてるのを見ると
「髪長いのも大変だな」
 と言いながら隣に座った。ふわっとシャンプーの香りがする。
「ちょっと俺にもやらして」
 といってドライヤーを取り上げ、後ろに回るともうほとんど乾いている髪をぎこちなく乾かし始めた。風を当てながら手ぐしで髪を梳く。その手つきが優しくて気持ちいい。前日からの疲れもあって、うとうとと眠たくなっていったが、途中、弾みで首筋を指が掠めると、一か月前彼に振れられた感触を思い出してぞくん、と一気に緊張した。どくどくと心臓が高鳴る。
 ふいにかちん、と音がしてドライヤーの風音が止まった。後ろから加川くんの腕がまわされる。加川くんは後ろから私をギュッと抱きしめると、うなじに唇を触れた。
「俺んちのシャンプーの匂いがする」
 胸の奥からじわっと熱い液体が広がっていくような感覚がして、私は全身の力が抜けていった。

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2008/10/26

いびつなハート 18 飴と湖

 加川くんの唇が首筋をつたう。ぞくぞくと甘い感触と背中に温もりを感じ、思わず吐息がこぼれる。加川くんはそのまま後ろのベッドに私を倒すとそっとキスをした。ぐつぐつと煮詰まった飴のように熱く甘い彼への気持ちが溢れて、貪るように唇を重ねる。加川くんがほしい。彼への飢餓感をはっきりと感じて彼にしがみつく。
 渇きを潤すようにお互いを貪り、私は加川くんを受け入れた。熱に浮かされたような私の体は驚くほど強く彼を求め、彼の動きの一つ一つに敏感に反応した。
 同時に果てると、加川くんはじっと私をを見つめて、強く抱きしめた。何も言わなかった。多分、好きとか、愛してるとかそういうことを言うのはなんか違うんだと思う。私はただほかの誰でもなく加川くんが狂おしいほど欲しかった。そして、彼もそうであってほしいと思った。私はほしかったものをやっと手に入れた安堵感でいっぱいになって眠りに落ちていった。
 
 電話の音で起きると午後四時だった。私の携帯が鳴っていた。寝ぼけた声で電話に出る。
「はい、もしもし」
「あ、あき? 実花だけど。あのね、いま大丈夫?」
「うん、どうしたの?」
「急なんだけど、明日暇だったら、木下と清水谷くんと四人で出かけない?」
 クリスマスにダブルデートか。悪くないけど……。返事に躊躇していると
「ね、お願い! いいでしょ?」
 と畳掛けられ、気づいた時にはうん、と承諾していた。
「よかった! じゃあ、明日十時ごろあきんちにみんなで迎えに行くから」
「了解、じゃ明日」
 電話を切ると隣りで加川くんが目を覚ましていた。
「もう、帰るの?」
 顔が近くてドキドキする。
「ううん、もう少しいてもいい?」
 そう言ってまた唇を重ねた。加川くんが足りなくて、まだもう少し傍にいたかった。
「いいよ」
 加川くんは私を抱き寄せると胸元に何度もキスを降らせた。抱きしめる手に力がこもる。私の体を撫でる手が、這う唇が愛しくて胸が震える。もっともっととふれあう度に切なく彼への渇きが強くなるようだった。私の潤みに体を沈めながら、加川くんが耳元で囁いた。
「この間からずっと萱野のこと欲しかった」 
 突然こぼれ出た、吐息交じりのその言葉に体中が反応して私は達した。激しい動きに身を委ねながら、私も、とうわ言の様につぶやくと、私はまた快感の渦に飲み込まれていった。

 とめどなく体を重ね、気づくと夜の九時を過ぎていた。私はベッドで後ろから抱きしめられていた。名残惜しいのを我慢して、背中に感じる心地よい体温からそっと離れる。
「そろそろ帰るね。飲み物もらっていい?」
 そう声をかけながらキッチンの冷蔵庫に向かい扉を開けた。ペットボトルのお茶を取り出すと扉を閉める。閉めた勢いで隣の棚の上から紙切れが落ちた。拾い上げるとそれはプリクラだった。えりと加川くんが映っている。仲良く腕を組んだ二人のお腹のあたりに、「二周年!! 10/13」と書いてあった。とっさにそれを棚の上に裏返しにして載せると、ベッドに戻った。ベッドに座り、お茶を飲んでいると寝そべったまんまの加川くんが腰に手をまわしてくる。
「えりちゃんて……付き合ってたんだ」
 唐突にそう尋ねると、うん、とうなずいて
「つい一か月前まで付き合ってた。振られた」
「ふーん」
 それ以上詳しく聞くことができなかったけど、なんとなく、加川くんはえりのことをまだ好きな気がした。そしてそのことを私に言ったことで少しほっとしているようだった。ちょっと嫉妬するけど、不思議と悲しくはなかった。一緒にいる二人の様子や、プリクラから加川くんとえりは、穏やかな、優しい付き合いだったような気がして、自分に向けられているものとはまた違う気がしたのだ。私は私の欲しい加川くんに触れてる。それだけで十分だと思った。そんなことを考えて黙っていると
「妬いてる?」
 加川くんが顔を覗き込んできた。瞳が熱をおびていて、吸い込まれてしまいそうだった。
「ううん」
 そう短く答えると彼の胸元に口づけ、赤い印をつけた。
 
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