Little Miss One-way
思いつくままに恋愛小説をつづります。 大学生同士のちょっと変わった恋愛を書いた 「いびつなハート」連載中です。
影山くんの奇妙な日常 第二話の3
ミユキに失恋した日から数日後、俺は初めてのスタジオ練習を経験した。スタジオでの練習は、当時の俺からしてみたら本格的に音楽を始めたって感じでうれしく、そして素晴らしく楽しかった。そのころは俺も真面目にギターを練習しててボーカルとサイドギターを担当していた。ドラムは玲でサイドギターとベースは三年生の先輩だったと思う。
まだ夕方明るいうちに入って、出てくるときにはどっぷりと日が暮れていた。クーラーの効いたスタジオから外に出るとむわっとした熱気に包まれる。それと同時に向かいのイタリアンレストランからニンニクのいい香りが漂ってきて、ぺこぺこのお腹がキューと鳴った。思わずガラス張りの店を眺める。「ヌクイ・イタリアン」おしゃれでちょっと高そうな店だった。
先輩がスタジオの精算をするのを待っていると、仲のよさそうなカップルが腕を組んで歩いてきた。どうやらヌクイ・イタリアンにはいるようだ。女のほうは黒いラメの入ったミニスカートで、胸元の大きく開いたキャミソールにジャケットを羽織っていた。化粧も髪型も男にもたれかかるようにして歩く姿もいかにもな感じの派手な女だったが、黒いストッキングの足はすらっとしていて、色香が漂ってた。
男のほうの顔を何気なく見たとき、俺は固まった。カオルだったのだ。カオルは少しフォーマルなジャケットを着て紳士的に女をエスコートしていた。俺は呆然として二人がレストランに入っていくのを見送った。
カオルがミユキを裏切っていることはまだピュアだった俺にはショックだった。あんなに綺麗で清純なミユキと付き合っておきながら、どうして他の女とも付き合わなければいけないのか。カオルを羨ましく思うよりは、理解できない気持ちのほうが強かった。今思えばただの友人や親戚だった可能性もあることに思い当たるのだが、そのときには全く思いつかなかったし、二人で歩いている時の親密なムードから深い関係にあると思い込んだ。そしてこのことをミユキに告げたらどう思うだろう、清純そうなミユキのことだからきっと悲しみ、カオルと別れるのではないか。浮気をするような男よりも自分のほうがミユキを幸せにできるのではないか、というところまで思いつめていた。
とはいえ、このことをミユキに伝える機会はなく、わざわざ伝えに行く勇気も行動力もなく、高一の夏休みは淡々と過ぎて行った。
夏休みも終わりごろ、俺はスタジオの下にある小さなライブハウスでライブをやった。地元で人気のあるバンドの前座としてだけれど、これも初めての経験だったのですこぶるテンションが上がった。演奏の出来栄えとかは全然覚えていないけど、とにかく楽しくて盛り上がったので達成感があった。周りもみんな上機嫌だった。すべてのバンドの演奏が終わり、片付けが終わって外に出ると結構遅い時間になっていた。これから打ち上げ。うきうきした気持ちのままスタジオの前でメンバーがそろうのを待っていると、向かいの「ヌクイ・イタリアン」から見覚えのあるカップルが出てきた。カオルとあの派手な女だった。お酒を飲んでいるのか二人とも上気した顔でべったりと寄り添い、繁華街とは反対側の、いかがわしいホテルのある方向に歩きだした。
俺はライブでテンションが上がっていたせいか一気に頭に血が上り、気づくと二人を追いかけていた。追いかけてどうしようとしたのかは自分でもわからない。ミユキさんに悪いと思わないのか、と詰め寄るつもりだったのか、ミユキさんはおれが貰う、と啖呵をきるつもりだったのか。とにかく必死の勢いで追いかけていた。
追いつきそうになったところで短い横断歩道に阻まれる。車通りが多く、信号を無視できる状態でもない。カオルもすぐ先にあるもう一つの横断歩道の信号待ちをしていた。カオルたちまでのほんの数メートルがもどかしい。
だらしなく上着を着崩して、カオルにしなだれかかっている女が手前側に立っていた。行き交う車の合間に、改めてまじまじと女を観察する。思いのほか白い肌がピンク色に上気し、はだけた肩を抱えた手には黒いマニキュアが塗られ、白い肩に点々と浮かび上がっていた。その黒い点の上に一本の赤い筋が見えた。俺はギクリと身を震わせた。まさか。
なり振りかまわずじっくりと顔をみる。女も俺のほうを見て、目が合った。少し驚いたような顔をしたが、にっと笑った。唇が毒々しいほどに赤かった。
濃い化粧に、茶色のボブの女は、よく見れば間違いなくミユキだった。
俺は一気に熱に浮かされたような状態から冷め、肩を落として元来た道を引き返した。
スタジオ前まで戻ると上機嫌の玲に、どこ行ってたんだよいこうぜ、とかなんとか声をかけられて、言われるがままに打ち上げについて行ったが、テンションは上がらなかった。
信号が赤でよかった。あのまま追いついていたら恥をかいただろう。あの派手な女がミユキだったことのショックからはなかなか立ち直れなかった。家の近所で見かけるときにはあんな恰好をしているところは一回も見たことがなかった。黒いロングヘアを時には一つにまとめて、清楚なブラウスやワンピースを着て穏やかな足取りで……。それまでミユキに抱いていた憧れのイメージが崩れていった。完全におれの独り相撲だったのだ。
「おい、そろそろ出番だぞ」
玲の声ではっと回想から覚める、歌詞の確認はほとんどできていなかった。
「ぼーっとしちゃって大丈夫かよ?」
玲が眉をひそめて言う。お前のせいで余計なこと思い出したんじゃないか。
「おまえのその爪のせいなんだよ」
俺がそう言うと、玲はわけがわからない、という顔でスティックをもって立ち上がった。ベースの木下が
「じゃあ行こうぜ」
とみんなに声をかけたのを合図に、俺も立ち上がり部屋を出た。ステージから嬌声と激しい演奏が聞こえてきた。
まだ夕方明るいうちに入って、出てくるときにはどっぷりと日が暮れていた。クーラーの効いたスタジオから外に出るとむわっとした熱気に包まれる。それと同時に向かいのイタリアンレストランからニンニクのいい香りが漂ってきて、ぺこぺこのお腹がキューと鳴った。思わずガラス張りの店を眺める。「ヌクイ・イタリアン」おしゃれでちょっと高そうな店だった。
先輩がスタジオの精算をするのを待っていると、仲のよさそうなカップルが腕を組んで歩いてきた。どうやらヌクイ・イタリアンにはいるようだ。女のほうは黒いラメの入ったミニスカートで、胸元の大きく開いたキャミソールにジャケットを羽織っていた。化粧も髪型も男にもたれかかるようにして歩く姿もいかにもな感じの派手な女だったが、黒いストッキングの足はすらっとしていて、色香が漂ってた。
男のほうの顔を何気なく見たとき、俺は固まった。カオルだったのだ。カオルは少しフォーマルなジャケットを着て紳士的に女をエスコートしていた。俺は呆然として二人がレストランに入っていくのを見送った。
カオルがミユキを裏切っていることはまだピュアだった俺にはショックだった。あんなに綺麗で清純なミユキと付き合っておきながら、どうして他の女とも付き合わなければいけないのか。カオルを羨ましく思うよりは、理解できない気持ちのほうが強かった。今思えばただの友人や親戚だった可能性もあることに思い当たるのだが、そのときには全く思いつかなかったし、二人で歩いている時の親密なムードから深い関係にあると思い込んだ。そしてこのことをミユキに告げたらどう思うだろう、清純そうなミユキのことだからきっと悲しみ、カオルと別れるのではないか。浮気をするような男よりも自分のほうがミユキを幸せにできるのではないか、というところまで思いつめていた。
とはいえ、このことをミユキに伝える機会はなく、わざわざ伝えに行く勇気も行動力もなく、高一の夏休みは淡々と過ぎて行った。
夏休みも終わりごろ、俺はスタジオの下にある小さなライブハウスでライブをやった。地元で人気のあるバンドの前座としてだけれど、これも初めての経験だったのですこぶるテンションが上がった。演奏の出来栄えとかは全然覚えていないけど、とにかく楽しくて盛り上がったので達成感があった。周りもみんな上機嫌だった。すべてのバンドの演奏が終わり、片付けが終わって外に出ると結構遅い時間になっていた。これから打ち上げ。うきうきした気持ちのままスタジオの前でメンバーがそろうのを待っていると、向かいの「ヌクイ・イタリアン」から見覚えのあるカップルが出てきた。カオルとあの派手な女だった。お酒を飲んでいるのか二人とも上気した顔でべったりと寄り添い、繁華街とは反対側の、いかがわしいホテルのある方向に歩きだした。
俺はライブでテンションが上がっていたせいか一気に頭に血が上り、気づくと二人を追いかけていた。追いかけてどうしようとしたのかは自分でもわからない。ミユキさんに悪いと思わないのか、と詰め寄るつもりだったのか、ミユキさんはおれが貰う、と啖呵をきるつもりだったのか。とにかく必死の勢いで追いかけていた。
追いつきそうになったところで短い横断歩道に阻まれる。車通りが多く、信号を無視できる状態でもない。カオルもすぐ先にあるもう一つの横断歩道の信号待ちをしていた。カオルたちまでのほんの数メートルがもどかしい。
だらしなく上着を着崩して、カオルにしなだれかかっている女が手前側に立っていた。行き交う車の合間に、改めてまじまじと女を観察する。思いのほか白い肌がピンク色に上気し、はだけた肩を抱えた手には黒いマニキュアが塗られ、白い肩に点々と浮かび上がっていた。その黒い点の上に一本の赤い筋が見えた。俺はギクリと身を震わせた。まさか。
なり振りかまわずじっくりと顔をみる。女も俺のほうを見て、目が合った。少し驚いたような顔をしたが、にっと笑った。唇が毒々しいほどに赤かった。
濃い化粧に、茶色のボブの女は、よく見れば間違いなくミユキだった。
俺は一気に熱に浮かされたような状態から冷め、肩を落として元来た道を引き返した。
スタジオ前まで戻ると上機嫌の玲に、どこ行ってたんだよいこうぜ、とかなんとか声をかけられて、言われるがままに打ち上げについて行ったが、テンションは上がらなかった。
信号が赤でよかった。あのまま追いついていたら恥をかいただろう。あの派手な女がミユキだったことのショックからはなかなか立ち直れなかった。家の近所で見かけるときにはあんな恰好をしているところは一回も見たことがなかった。黒いロングヘアを時には一つにまとめて、清楚なブラウスやワンピースを着て穏やかな足取りで……。それまでミユキに抱いていた憧れのイメージが崩れていった。完全におれの独り相撲だったのだ。
「おい、そろそろ出番だぞ」
玲の声ではっと回想から覚める、歌詞の確認はほとんどできていなかった。
「ぼーっとしちゃって大丈夫かよ?」
玲が眉をひそめて言う。お前のせいで余計なこと思い出したんじゃないか。
「おまえのその爪のせいなんだよ」
俺がそう言うと、玲はわけがわからない、という顔でスティックをもって立ち上がった。ベースの木下が
「じゃあ行こうぜ」
とみんなに声をかけたのを合図に、俺も立ち上がり部屋を出た。ステージから嬌声と激しい演奏が聞こえてきた。
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